


教祖を慕う先人達
- 諭達第二号の最後に「教祖(おやさま)の年祭を成人の節目として、真実を集め力を尽くされた先人達の足跡の上に、更なる実を積み重なるべく、全教が勇んで立ち上がり一手一つに勤め切ることを切望する」とあります。
- 教祖お一人から始まったこの"お道"は教祖が現身(うつしみ)を隠されて後も、教祖に続く数多くの先人達の足跡の上に今日まで続いてまいりました。先人達の中には、来年、年祭を迎える都南分教会4代会長松村マチ先生(高安6代会長夫人)あり、愛昭のおかあさん、花井まさ先生しかりであります。
- 松村マチ先生は、教祖の外孫、梶本ひさ先生のお嬢様であります。梶本ひさ先生といえば、教祖と共に最後の最後まで共にご苦労下さった先人であります。明治20年陰暦正月26日の"おつとめ"の時にも、教祖のお側で教祖が「だいくのにんも そろひきた」というかぐらづとめの音を聞かれ、いとも満足げに見うけられた姿をご覧下さった方と聞かせて頂いております。教祖直々のこの教えが、梶本ひさ先生を通して松村マチ先生の胸へと伝わり、松村マチ先生を通して「都南」に継がる大勢の理の子の胸に伝わりました。このお道の教えのお陰で今日どれだけの人々が救けて頂いたことでありましょう。このお道の教え、"教祖のひながた"には万人救かる元があります。もしこの道が現在の私共にまで続いていなかったら、私共は、はたしてどんな毎日を過ごしていたでしょうか。ゾッとするような昨今であります。
- 愛昭のおかあさんがよく、「ワシはいんねん自覚してこの道へ入った。いんねんの自覚がなかったらなかなかこの道は通れんぜ」と言われました。いんねんの自覚−すなわち−"自分の身の程"を知ったからこそ、どんなことも喜びの心に替えていく"たんのう"ができ、人救けの上に苦労させて頂けるようになりました。その結果、親よりも子、子よりも孫と「よき運命と徳」を頂ける今日の道を頂戴したと思うのであります。
- この道は実に有難い道であります。勿体ない道であります。それは、この世元はじまりの母親の魂をお持ちの教祖お一人が本当にご苦労下さり、そのひながたの万分の一でもと教祖に続いた先人達があったらこそ、今日の私達が結構に連れて通って頂けるのです。
- 教祖120年祭に向って、教祖に、そして教祖を慕ってそのひながたを求めていった松村マチ先生、愛昭のおかあさんに喜んで頂けるよう、安心して頂けるよう「人を救ける心の涵養と実践」に私達も励ませて頂きましょう。