天理教愛昭分教会
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Heart & Heart
-Vol.193-
R166/09/20
会長の一言
子育て歳時記
カナダからの手紙
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元のをや、元の教え
10月は立教の元一日を記念して「
秋季大祭
」がつとめられます。天理教の教えは、この世の元を教えて世界一れつをたすける
陽気ぐらし
の教えであります。では「陽気ぐらし社会」とは、どんな社会をいうのでしょうか? お金がたくさんあることでしょうか? 毎日ごちそうを食べられることでしょうか? 家を持ち、車を走らせ、テレビ、携帯電話、パソコンを所有できる社会をいうのでしょうか?
私たちの
教祖(おやさま)
、
中山みき様
のお残し下さったひながたの道からは、そのような外見の物質的な豊かさは陽気ぐらしの対象ではありませんでした。教祖の教えて下さった陽気ぐらしとは、「どんな厳しい境遇、難儀な暮らしの中でも、人間は心の使いよう一つで陽気に通れる」ということでした。
この度のご諭達の中にも、
いかに文明が進歩しようとも病む人は絶えず、悩みの種は尽きない。心が救われることはない。それは元を知らぬからである。人間生活の目指すべきところを知らぬからである。
いま/\でにないたすけをばするからハ もとをしらさん事にをいてわ
(
おふでさき
9号-29)
と仰せられるように、元を教えてたすけることこそ、この道のたすけの真髄である…。
とあります。この元はなんでしょう? この元は、
人間創造
には
元の「をや」
の深い深い思いが込められていて、その思いとは「子供である人間が陽気ぐらしするのを見て神も共に楽しみたい」ということなのです。私達人間にはそれぞれ大きな大きな「をや」の守護がかかり、今日があることを忘れずに、今一度この世の元をふり返って「互い立て合い たすけ合う」努力を今していかなければならないと痛切に感じるのです。
せかいぢういちれつわみなきよたいや たにんとゆうわさらにないぞや (
おふでさき
13号-43)
このもとをしりたるものハないのでな それが月日のざねんばかりや (
おふでさき
13号-45)
人間は何の為に生まれ、どう生き、死んでから何処へ行くのか。私達人間の元、この「お道」を教えて下さったのは教祖です。もし教祖が居られなかったとしたならば、おそらくは結構なこのお道もなく、このお道によって我が家が救けていただくこともなく、したがって自分自身の今日もなかったと思う時、深い感慨を覚えるのです。
教祖が子供かわいい一条から、筆舌に尽くし難い艱難苦労をいそいそとお通り下さればこそ、今日という日があり、すべてが有難く勿体ない限りであります。
教祖の理から聞き分けば、どんな理も治めてくれ (明治32.8.5
おさしづ
)
教祖にご安心して頂き、お喜び頂けるよう教祖120年祭に向け、この世の元、親の思いを共々に伝えさせて頂きましょう。
愛昭分教会長 花井基弘
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