教祖120年祭「三年千日」年祭活動について
- この10月26日秋季大祭において真柱様は『一年を経てあらためて初心に思いを返し、今までの歩みの上に、さらなる前進を』と、祭文でお誓いされ、我々道のようぼくは「諭達」の精神の徹底を心に刻み直し、教祖年祭に向けて"にをいがけ""おたすけ"に邁進する決意を新たにしました。私達のこのお道は「世界中の人間が救かる道」であり、「世界中の人間を救ける道」であります。そのことを教祖からお教え頂きました。
- 教祖は明治20年陰暦正月26日、25年先の定命をお縮めになって御齢90歳で現身(うつしみ)をおかくしになられました。なぜ現身をかくされたのでしょうか?
- それは私達子どもを救ける為、成人の為であります。「おつとめ」をすれば迫害と弾圧が厳しくなる中、大きな親心から迫害が及ばない姿に切り替えて下されたのです。
さあ/\ろっくの地にする、皆々揃うたか/\よう聞き分け。これまでに言うた事、実の箱へ入れて置いたが、神が扉を開いて出たから子供可愛い故、をやの命25年先の命を縮めて、今からたすけするのやで。しっかり見て居よ。今までとこれから先としっかり見て居よ。扉開いてろっくの地にしようか、扉閉めてろっくの地に。扉開いて、ろっくの地にしてくれ、と言うたやないか。思うようにしてやった。さあ、これまで子供にやりたいものもあたった。なれども、ようやれなんだ。又々これから先だん/\理が渡そう。
(
おさしづ)
- と、広く世界中の用木に入り込んで親神様の自由のお働きが私達用木に実感できるよう「おさづけ」の理をお渡し下さったのであります。ですから教祖の年祭の元一日から考えさせて頂くと私達が教祖にお喜び頂くことは、
- おつとめをしっかりつとめさせて頂くこと
- おさづけの徹底したお取り次ぎ
なのです。
- そしてそういった活動も、この年祭前の三年千日は特に、親心のこもった「救けの旬」であり「救かる旬」とお聞かせ頂くのです。3年間といえば長く感じる方もあるでしょう。「三日坊主」の私には気の遠くなるような期間であります。しかし過ぎ去った1年はあっという間でした。そう考えるとあと残り2年は1日1日もう少し意識してしっかりとした年祭活動2年めを送りたいものです。
……難しい事は言わん。難しい事せいとも言わん。もんかたなき事せいとも言わん。皆一つ/\ひながたの道がある。ひながたの道を通れんという事ではどうもならん。口に言われん、筆に書き尽くせん道を通りて来た。なれど千年も二千年も通りたのやない。わず僅か五十年。五十年の間の道を、まあ、五十年 三十年も通れと言えばいこまい。二十年も十年も通れと言うのやない。まあ十年の中の三つや。三日の間の道を通ればよいのや。…三年辛抱すれば落ちようと思うても落ちられん。たったそれだけの事が分らん。そこで皆んな一つ/\の理を寄せてくれるよう。僅か三年の間の事を、長う取るからどんな理も出る。たった三日の間や。三年の道通れば、不自由しようにも難儀しようにもしられやせん。たった三日の間や。…
- 三年千日という仕切りには大きな親心がかけられているのです。
愛昭分教会長 花井基弘