節
- 教祖120年祭 三年千日の年祭活動2年目も早二ヶ月が過ぎようとしております。「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」と、この三ヶ月は正月気分でもたもたしていると「あっ」という間に過ぎていきます。
- 本年5月1日、愛昭分教会二代会長夫人・花井まさの霊様(通称おかあさん)の10年祭が執り行われます。おかあさんはよく、「うっかりとしっかりとは先になってたーへん差が出るで、日々をしっかり通らにゃ損だぞん!」と仰いました。「う」と「し」のたった一字の違いですが、日々の積み重ねが大きくなっていくのです。三年千日も過ぎてみればあっという間でしょう。
- 救けの旬、救かる旬と聞かせて頂きますが、身近なところでさまざまな身上、事情、いわゆる"節"を見せて頂いております。おさしづに、
年々の道、幾重の
ふしがある。
ふしから
ふしが栄える一つの理
(M22.2.21
おさしづ)
ずつない事は
ふし、
ふしから芽を吹く。やれ
ふしや/\、楽しみやと、大き心を持ってくれ
(M27.3.5
おさしづ)
ふしという、
ふしから、世界治まる。さあ/\勇む/\。世界も勇むで
(M27.5.2
おさしづ)
- 子どもを苦します親はないように、親神様は子どもである人間を救けることばかり思って下さっています。どのような節も人間思案では一時にはわかりにくいことかもしれませんが、必ずその奥に親心があるのです。
- すべて子ども可愛いゆえの親心から起こってきているのです。このお道の信仰は常に、成ってくることの中から親心に気づかせて頂く道です。親心を捜す道であります。それには心が澄み切っていないと親心が心にうつりません。澄み切ると心が勇み、大きな心になります。
- おかあさんがよく「喜べんということは 徳が切れた姿だから、何からでもええで徳を積みなよ。匂いがけ、御恩報じ、おぢばがえり、ひのきしん、できることからでええ、徳さえできれば、心に器ができ喜べるようになるんだで」とおっしゃいました。親の思いに近づく道 それを成人と教えて頂きます。どうかどんな中も親心を見つめ、3月〜6月にかけては別席者の御守護を頂けるよう、又、日々はおさづけのお取り次ぎに励みましょう。
節に生きなきゃ ただの人
愛昭分教会長 花井基弘