<混迷の時代> 〜 教えに基づく生き方 〜 成程の人
- 私たちは今、混迷を極め先行きの見えない「不安の時代」を生きています。豊かなはずなのに、どこか、心は満たされず。衣食足りているのに、礼節に乏しく。自由なはずなのに、どこか閉塞感がある。やる気さえあれば何でも手に入り、どんなこともできるのに無気力で悲観的になっています。なぜ、このような雰囲気が世の中を覆っているのでしょうか?
- それは多くの人が生きる意味や価値を見い出せず、人生の指針を見失っているからではないでしょうか?
- 「人間は、この世に何をしにきたのか?何のために生きていくのか。」という根本的な問いに答えがだせないまま、右往左往している人々があまりにも多いのではないでしょうか?
- このお道は、そういった問いにはっきりと答えを教えて下さっています。又、教祖は「ひながた」をもって、具体的にその見本、お手本もお残し下さっています。ですから、私達はその守り札であるお道の教えを、基本に忠実に生きていけばよいのです。
このみちハどふゆう事にをもうかな このよをさめるしんぢつのみち (
おふでさき 6号-4)
- と教えて頂いておりますように、この世の中を治めていく為の本当の道筋なのです。
- 例えば、「感謝・慎み・救け合い」これは現在、天理教が世の中に提言している陽気ぐらしのキーワードです。家庭円満から"世界円満"を目指すこの尊い教えも、それを伝える私達用木や、お道の教えを多少でも聞いた者が実践していなければ、陽気ぐらしへのこのお道も「絵に書いたモチ」に終わってしまいます。
- 口と心と行いとが、常に一致していることが"誠"の人と教えられます。自分はウソの多い人間か、誠の人間か、自分が一番よく知っています。
誠程強いものはない。誠は天の理である。誠であれば、それ世界成程と言う。
- 諭達第2号でもお示し下さっているように、教祖120年祭に向かってまず一人ひとりが誠の心で通り、成程の人として土地所でお道の匂い、教祖の「親心」を伝えていきたいものです。
- 11月21日「愛昭鼓笛50周年の集い」が開催されますが、この半世紀もの間に何百人もの方々が世界へ巣立って行きました。愛昭鼓笛隊活動を通じて身につけたものには、きっとお道の匂いがしているでしょう。そして、それぞれの土地所で成る程の人として、きっと陽気ぐらしの種まきをしてくれていることと信じてやみません。
世上から見ては、あれでこそ成程の人や、成る程の者やなあという心を持って神一条の道を運ぶなら、何彼の処鮮やかと守護しよう。