天理教愛昭分教会
Heart & Heart

Heart & Heart
-Vol.211-
R168/05/20

おやさまお入り込み   6/18 〜御恩返し〜別席団参〜

 明治15年6月18日(陰暦5月3日)教祖はまつゑの姉にあたる河内国教興寺村の松村さくが痛風症(現在のリュウマチ症)で悩んでいると聞かれて、「姉さんの障りなら、私が見舞いに行こう。」と仰せになり、飯降伊蔵外一名を連れ、赤衣を召し人力車に乗って、国分街道を出かけられた。
 そして3日間、松村栄治郎宅に滞在なされたが、その間、さくをみずから手厚くお世話された。ところが、教祖のおいでになっている事を伝え聞いた信者達が、大勢寄り集まって来たので、柏原警察分署から巡査が出張して来て門の閉鎖を命じ、立番までする有様であった。
 それでも、多くの信者が寄って来て、門を閉めて置いても、入って来て投銭をした。
 教祖は、「出て来る者を何んぼ止めても止まらぬ。ここは、詣り場所になる。打ち分け場所になるのやで。」と仰せられた。さくは、教祖にお教え頂いて、3日目におぢばへ帰り、半月余りで、すっきり全快の御守護を頂いた。
 (稿本天理教教祖伝逸話篇 102 私が見舞いに)より
よふ木でも一寸の事でハないからに 五十六十の人かずがほし  (おふでさき 7号-23)
このにんもいつ/\までもへらんよふ まつだいつゝききれめなきよふ  (おふでさき 7号-24)