天理教愛昭分教会
Heart & Heart

Heart & Heart
-Vol.215-
R168/09/20

"新組織" 〜教祖120年祭と愛昭80周年に向けて〜

 一つふしという、ふし無くば分からん、どういう事あろうか、こういう事あろうか、ふしから芽が出る。  (M32.1.27 おさしづ
 さあ、あちらもこちらも名称という。元一人から始め掛けたる道である、年限早い遅いは無い。心の治まりたる者から寄せる。心治まれば鮮やか  (M33.2.8 おさしづ
 教会は神一条の理を伝える所であり、たすけ一条の取り次ぎ場所である。その名称の理を、真によく発揚するには、ここに寄りつどうものが、ぢばの理に添い、会長を芯として、心を一つに結び合うのが肝腎である。  (天理教教典より)
  1. 愛昭分教会の運営力がより強化されている
    • バラバラでなく、役割、組織として全体でまとまりが強くなる
  2. 直轄講社がより活性化されている
    • 活発な信仰生活をし、日々イキイキ 生きている姿
  3. 事務所機能がより向上している
    • 教会の窓口である事務所の働きが今以上よくなっていくこと
  4. おつとめ・鳴り物がより向上している
    • おつとめ奉仕者は言うにおよばず、愛昭につながる全用木、信者、子供さんが神様の望まれるおつとめのけいこを
  5. 部内教会が今以上により充実
    • 教会の充実とは、おつとめとおたすけ活動であります。それぞれの教会が三年後には今以上におつとめの手が揃い、おたすけの動きが心定め達成の上に現れてくるようつとめます
 人はややもすれば、我が身勝手の心から、共に和して行くことを忘れがちである。ここには、心澄み切る陽気ぐらしはなく、心を曇らす暗い歩みがあるばかりである。
 勝手というものは、めん/\にとってはよいものなれど、皆の中にとっては治まる理にならん  (M33.11.20 おさしづ
 一つに心合わせるのは一つの道の理に心合わせることで、この理を忘れる時は、銘々勝手の心に流れてしまう。
 一手一つの心に自由の守護が頂ける。いかに多くのものが相集っても、一手一つの理を欠くならば、親神に受け取って頂けない。人皆、相互に一つの道の理に心を合わせ、互い立て合い扶け合うてこそ、陽気に喜んで生活して行ける。
 真の陽気はここに全うされる。  (天理教教典より)
 成人とはをやの思いに近づく歩みである。  (諭達第二号より)
愛昭分教会長 花井基弘

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