


新しい年は新たな心で
- 平成17年の新たなスタートです。新たなスタートには新たな心構えが必要です。新しい年を迎えて、「ああー、また一つ年を取ってしまった」と、何となく新年を迎えては寂しいものがあります。
- 戦後最大の平成不況も一昨年から少しずつ上向いて来ています。そして、平成17年は教祖120年祭三年千日の仕上げの年です。何も無い世界には何も生れません。ほどほどの世界には、ほどほどの成果しか生れません。遣りきる世界には、それなりの成果が付いてきます。お互い、よふぼくとしての17年に向けての心の置き所はどの世界でしょうか?
- 私達には、心というものが与えられており、心の置き方で後の言葉・行動は変わってきます。成ってきた事柄に対して、肯定的に捕らえる人、否定的に捕らえる人で、行く先は大きく異なってきます。私達の人生・運命は決められたものではなく、現在進行形であり、日々ドンドン変化して進んでいます。ただ、お互い、運命の道先を見極められないところに心が定まらないのではないでしょうか。
- 『懲りない面々』という言葉があります。『懲りない面々』と言われる人は、いくら失敗しても懲りずに繰り返し、同じ失敗や過ちを犯す人のことを言います。例えば、
- 同僚・地域等の人との言葉のすれ違いから、いつも苦情の多い人
- 同じ目標でスタートしながら、いつも結果の悪い人
- 教会内の空気を乱し、いつも愚痴をこぼす人、また、いつも中傷する人
- 酒の量をいつもコントロールできない人
- その人の行動の選択を方向付けているその人なりの基本的な考え方が、状況を判断する時の基準になっています。間違った基本的な考え方を持っていると、
- 間違った発想をし、
- 間違った状況判断をし、
- 間違った行動選択をします。
- どんなに頭の良い人でも、努力家でも、運の良い人でも、その基本的な考え方が間違っていると、信用・信頼・成果・成功という言葉からは遠ざかっていくみたいです。
- 大学を出て就職し、それなりに実積を出し、結婚し、子供もでき、家も持つことができました。そして、月日が流れ、離婚し、子供からは親とも思われず、会社は退職、家は処分、ブルーテント暮らしとなりました。そして数十年後、あるきっかけ(縁)から、お席を運び、途中から修養科に入り、卒業後、住む家も見つかり日参を始めました。不景気の中、高齢ながら仕事に着くこともできました。そして半年経ち、日参も途切れがちとなり、会社も些細な事から出社しなくなり解雇となりました。そして、日参することなく、家で酒を飲んでごろ寝の日々です。この先、往く末は、家を追い出され、再びブルーテントを安住の地とするのでしょうか?
- 自分自身の人生であり、生き方は自由です。しかし、同じ生きるのであれば、出直しの時、少しでも悔いのない人生にしたいものです。
- この世界は、気づきの世界です。自分の心次第ということです。しかし、それがお互いに難しいということではないでしょうか。
昭恵美分教会長 宇野護
Writing H16.12.19
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