天理教愛昭分教会
Heart & Heart

Heart & Heart
-Vol.004-
R169/03/20

教祖「ひながた」を身近に

教祖の「ひながた」を学ばせて頂くと、私達の日常生活に役立つことばかりで、又どんな逆境からも私達をすくい上げて下さるものの考え方、見方がたくさん詰まっていることに気づきます。

高安大教会前会長・松村道代先生はよく「教祖だったらどうなさるやろ?」と仰っておられました。常に存命の教祖を身近に感じておられるからの一言でありましょう。

 さあ/\これまで住んで居る。何処へも行てはせんで、何処へも行てはせんで。日々の理を見て思やんしてくれねばならん。  (M23.3.17 おさしづ

教祖90年祭(昭和51年1月26日)に出版された「稿本天理教教祖伝逸話篇」からはひながたを数々学ばせて頂き、身近に味わわせて頂くことができます。

 神様は、これとあれと、と言われる。それで、こう治まった。治まってから、切ってはいかん。切ったら切った方から切られますで。
 (稿本天理教教祖伝逸話篇 32「女房の口一つ」)
 やさしい心になりなされや。人を救けなされや。癖性分をとりなされや。
 (稿本天理教教祖伝逸話篇 123「人がめどか」)
 皆んなも、食べる時には、おいしい、おいしいと言うてやっておくれ。人間においしいと言うて食べてもろうたら、喜ばれた理で、今度は出世して、生まれ替わる度毎に、人間の方へ近うなってくるのやで。
 (稿本天理教教祖伝逸話篇 132「おいしいと言うて」)
 内で良くて外で悪い人もあり、内で悪く外で良い人もあるが、腹を立てる、気儘癇癪(きままかんしゃく)は悪い。言葉一つが肝心。吐く息引く息一つの加減で内々治まる。
 (稿本天理教教祖伝逸話篇 137「言葉一つ」)
 物は大切にしなされや。生かして使いなされや。すべてが、神様からのお与えものやで。さあ、家の宝にしときなされ。
 (稿本天理教教祖伝逸話篇 138「物は大切に」)
 働くというのは、はたはたの者を楽にするから、はたらくと言うのや。
 (稿本天理教教祖伝逸話篇 197「働く手は」)

私達の人生において、いろんな壁に突き当たる時、教祖の「ひながた」はそこの明かりを照らし、どの道筋を通るのか、その選び方をはっきり示してくれます。まさに「ひながた」は私達が生きる現代に照らしてこそ、その本当の意味があるのではないでしょうか。

愛昭分教会長 花井基弘
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