

「親は根、自分が幹、子供・孫は枝葉」と聞かされる。天然、自然の道理は根に肥やしをやり、水をやる。根を喜ばすことで枝葉が茂り、栄えるのである。親、子、孫は別々ではなく皆つながっているのである。根が傷む、やせる、自然に幹や枝葉は枯れてくる。そこで、根が悪い、根の責任だと、根をつついていくと幹や枝葉はますますやせ細っていくことを知らねばならない。
親に心配をかければ、自分の子供が心配をかけてくれる。親に孝行すれば、自分の子供が親孝行になる。これは天の理である。
何も彼も皆いんねん同志、いんねんという。親子の理、いんねん理聞き分け、善い子持つも悪い子持つもいんねん
(明治34年3月11日 おさしづ)
親と成り子と成るは、いんねん事情から成りたもの。親を孝行せず、親という理忘れ、親に不孝すれば、今度の世は何になると分かり難ない/\
(明治40年4月9日 おさしづ)
親が子を殺し、子が親を殺す事件が続いた。人を殺す、その心の奥底には「うらみ」「にくい」「腹立ち」「かわい」の埃が見え隠れする。最近の若者は、うっかり叱れないと言う、親が自分の子供を叱れない、家出でもされたら大変だとか、グレられたらどうしようと、余計な心配をして言うべきことも言えないという。自分が親に対してしっかりとした孝行、すなわち根にしっかりとした肥やしをしてこなかったから、不安定な弱さとなって現れてくるからではないだろうか。
我が子の愛に引かされ、食べ物、着物の好き嫌いを言わし、仕込むべきことも意見せずして、気ままにさせておけば、自分中心のわがままな人間に育てあげてしまう。溺愛や偏愛、過保護、過干渉は、子供のためにしているつもりでいて、逆に子供の健全な成長を阻害していることに気づかなければならない。
親が育てば、子も育つ。親自身が祖父母への親孝行を忘れず、根に肥やしをやり水をやる、根である親に喜んで頂く日々を送っていくところに、自然と枝葉である子供たちの魂に力がつき、子供自身が、自分の根である親を大切にする親孝行な心ができてくるのではないでしょうか?それは、親にとって最高の喜びなのです。