天理教愛昭分教会
Heart & Heart

Heart & Heart
-Vol.010-
R169/09/20

立教の元一日

10月は立教(天理教の始まった)の元一日を記念して秋季大祭がつとめられます。

「我は元の神、実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降った。みきを神のやしろに貰い受けたい。」とは、親神天理王命が、 教祖中山みきの口を通して仰せになった最初の言葉である。家人は、このおもいがけぬ啓示(おつげ)にうち驚き、再三言葉を尽くして辞退したが、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、一家の都合を捨てて、仰せのままに順(したが)う旨を伝えた。時に天保9年10月26日、天理教は、ここに始まる。
 (天理教教典より)

お道が始まるまでの3日間、親神様と中山家(夫・善兵衛様)との間には、壮絶な押問答が繰り返されました。

「折角の仰せではございますが、子供もたくさんございますし、村の役なども勤めて忙しい家でございますので、お受けできません。他様に立派な家も沢山ございますので、どうかその方へお越し願います。」
「誰が来ても神は退かぬ。今は種々と心配するは無理でないけれど、20年、30年経ったなれば、皆の者成程と思う日が来るほどに。」
「人間の我々は、とても20年も30年も待っている訳にはまいりません。今直ぐお昇り願います。」
「元の神の思惑通りするのや。神の言う事承知せよ。聞き入れてくれた事ならば世界一列救けさそ。もし、不承知とあらば、この家粉もないようにする。」
「みきを差し上げます。」

昭和3年7月25日、西海兵三を初代会長として誕生した愛昭分教会も、昭和17年後任会長担任変更の問題が持ち上がり、その矛先が花井義雄・まさ夫妻に向けられました。お母さん(花井まさ)は「人のやった教会はワシはいらん」と断ったところ、長男である春國の腸が下がって立てなくなり、神意を悟って引き受け、御守護頂いた元一日があるのです。

これはお互いそれぞれの家にも似たような信仰の元一日があるのではないでしょうか。

私達人間の思いと、神様との思いの差を取っていくこと、神様の思惑に近づく努力をしていくことが救かっていく根本なのではないでしょうか。

みのうちのなやむ事をばしやんして 神にもたれる心しやんせ
 (おふでさき 五号-10)
どのよふなむつかし事とゆうたとて 神のぢうよふはやくみせたい
 (おふでさき 五号-11)
しんぢつの心を神がうけとれば いかなぢうよふしてみせるてな
 (おふでさき 五号-14)
愛昭分教会長 花井基弘
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