天理教愛昭分教会
Heart & Heart

Heart & Heart
-Vol.014-
R170/01/20

「本席」飯降伊蔵 〜大工の伊蔵

昔、大和の横田村で茶店をしていた茶谷新五郎という人がいました。熱心な信者で立ち寄る人々に教祖の話をしていました。そこへたまたま入ってきたのが椿尾村の大工、喜三郎でした。

「まぁその庄屋敷の生き神さんのありがたいのなんの! どんな病も必ず治して下さる!」

喜三郎は帰りしなに檪本村の大工、飯降伊蔵の家に立ち寄りました。

「伊蔵さんいるかい?」
「やあ、喜三郎さん、仕事の帰りですか。」
「いや、最近伊蔵さんの顔を見ていないのでな。」
「妻のおさとが流産の後、具合が悪くて、あちらの医者、こちらの医者、誰に診てもらってもよくならず、祈とうも効果なく…」
「そういえば、横田の茶店で聞いた話やが…」
「えぇーっ庄屋敷村の生き神さん!! そっそれはほんまですか!?」
「ありがとう喜三郎さん!! すぐにお願いに行きます!!」

茶店の主人、茶谷新五郎さんのにをいを椿尾村の喜三郎さんが運び、その一言の話が飯降伊蔵の運命を変えました。

飯降伊蔵は、教祖が姿を隠された後、二十年間にわたって『本席』として親神様のお言葉を伝え、おさづけの理を渡された方です。

妻のおさとの身上が良くなったといっては、すぐにお礼に帰りました。それも少し気分が良くなっただけのことです。それでも檪本から一日に二回もお屋敷(三十町・約3.6キロ)へお礼に帰りました。飯降伊蔵は、恩を深く感じる人でした。「変わらんが誠」「続いてこそ道」とお教え頂きますが、伊蔵さんが通った道筋は正に雨が降ろうが嵐が吹こうが微動だにしないどんな節に遭遇しようとも定めた心でお通り下さった信仰の姿なのです。教祖はこの変わらぬ真実を見定め、「本席」という理を渡され「万事委せる」と親に言って頂けるだけの信頼を頂けたのではないでしょうか?

ある時、教祖は、

伊蔵さん、この道は陰徳を積みなされや。人の見ている目先でどのように働いても、陰で手を抜いたり、人の陰口を言うていては、神様の受け取りはありませんで。何でも人様に礼を受けるような、かさの高い心で通るようでは、その徳が勘定済みになるのやで。

と、お仕込み下さいました。また、

伊蔵さん、草を抜くんやないで、一本一本いんねんを抜くのやで。
これは朝起き、これは正直、これは働きやで。この三つをしっかり握って、失わんようにせにゃいかんで。
十人の上に立ったら、心を十人の下に置くのやで。百人の上に立ったら百人の下に置くねで。千人の上に立ったら心を千人の下に置くねで。

等々、私達は本席様に信仰の基準を数々学ばせて頂くことができるのです。

愛昭分教会長 花井基弘
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