天理教愛昭分教会
Heart & Heart

Heart & Heart
-Vol.016-
R170/03/20

教祖を忘れていませんか?

祖母(花井まさ)は毎朝教祖にご飯やお茶のお供えを欠かしませんでした。その時、決まって「勿体ないこっちゃ。有難いこっちゃ。」と涙を流していました。「なんでおばあちゃん泣いているんだろう?」と子供心に不思議に思いました。別科当時の祖母は毎時間聞かせて頂く教祖のお話に幾度となく涙したそうです。

東本初代中川よし先生の天理教婦人会第一回総会での15秒の講演「今日かように大勢の皆様がお集まりくださいましたこのありさまを、御教祖、教祖はどんなにお喜びくださっていることでしょう。教祖のご苦労をお聞きするだけでも…」これだけ言うと、後は言葉が続かず、弁士であるということも忘れて、ただ涙、涙でうつむいてしまった話はあまりにも有名です。

ふりかえって現在の私はどれだけ教祖のことを思って日々通っているでしょうか。おたすけさせて頂く時でさえ、自分の知恵や努力才能や甲斐性を頼りにしてはいないでしょうか?自分の力はたとえ微々たるものでも教祖におもたれするならば必ず常にない勇気と不思議な働きを頂けることでしょう。それは教祖が後先となって不安な私達を教祖が連れて通って下さるからです。

天浦分教会(兵神部属)では匂いがけする際決まって土下座をして「教祖、教祖、教祖〜」と念じてインターホンを押します。それは匂いがけひとつも教祖に出会いを頂くという徹底した信仰信念から出てくるのでしょう。

口では教祖と唱えながら、はたしてどれだけ教祖と共に道を歩んでいるのかと考えると私自身恥ずかしいことばかりです。恵まれた中でさほど心に染みなかった教祖のひながたが、親元から離れ、孤独を感じ、子供を亡くし、歩いても歩いても一人の信者さんのできなかった時、初めて教祖を身近に感じられる心ができたような気がします。

「落ちぶれて袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるる。」と父親がよく聞かせてくれました。人救けの御用をさせて頂くには、教祖のお働きなくしては神様の御守護は頂けません。

教祖のお働きを頂くには教祖のお心(親心)に近づかなければなりません。少しでも教祖のお心に近づけるよう人救けの苦労をさせて頂きたいものです。「苦労が人間をつくる。」と聞かせて頂きます。神様は人間を本当の人間にして下さるために苦労させて下さるのです。自分中心の生き方やその場限りの楽しみばかりの人生は運命の借りを作ることになります。人様の借りのみならず天からの借りを神様に返していくことを教祖は身をもって私達の幸せのためにお教え下さいました。  4月18日は教祖209回目のお誕生日を迎えます。それぞれ家庭で教会でおぢばでお祝いさせて頂きましょう。

愛昭分教会長 花井基弘
▲TOP