

永い間、信仰させて頂く中にも時には自分自身理解出来ない節(身上や事情)を頂くことがあります。何故自分が?これだけつとめて、どうして?と、神様を見失いそうになることさえ有るかもしれません。
しかし、どんな中からも、その奥に親心を見つけ出し、常に教祖の「ひながた」に照らし合わせ、「喜び」を捜し出していくことが「陽気ぐらし」への道につながっていきます。神様から身上や事情という応用問題を「ひながた」という公式を使って必死に答を出していきます。しかし、その答は最終的に「喜び」でなければ、問題を出した神様からは"○"を頂けないのです。信仰の年限にかかわらず、1問でも多く「喜び」という正解に結び付けたいものです。