天理教愛昭分教会
Heart & Heart

Heart & Heart
-Vol.021-
R170/08/20

→頼 野 雅 廣
よりのまさひろ。
1957年生まれ。
芦津部属
南國分教会五代会長。

道をあゆめば (5)

…人間なんて勝手なものですね。

家内の身上は長期の入院となり、これを期に、私は我が家の因縁を真剣に考えるようになりました。しかし、今までの私は教会とは自らが距離をおいていたため、身上をお見せ頂いた時に、何をどうしたら良いのか全く分かりませんでした。そして、辿り着いた結論は、…人間なんて勝手なものですね。結局、「親神様・教祖に縋るしかない」でした。

私は3ヵ月間の教会住み込みを心定めし、その間は教会の御用をさせて頂きながら仕事へと通わせて頂きました。ところが、教会生活の経験が全くない私にとっては、する事なす事、全てが初めてのことばかりで、とにかく毎日が苦労の連続でした。

その粗末さに耐えるだけでも大変でした。

朝は4時に起きて神殿掃除。その後、朝づとめをつとめ、朝食をいただいた後に出勤。仕事が終わると教会へ帰る。…という毎日。

そんな生活の中、とにかく苦しかったことは、まず、誰にでも経験があるであろう睡眠不足。と、いうのも、例え勤務が不規則であろうと(実際、勤務時間は不規則だったのですが)、教会での生活に於いては当然ながら特別扱いなどは全くありません。

もう一つは、これも誰においても経験あるであろう、粗末な食事。食べるものがあるだけでも有り難い、…と、本来は思うるべきなのでしょうが、何せ、これまで「食べる物があるのが当たり前」の生活を送ってきています。ましてや、今考えても「粗末」という言葉にも劣るような食事です。当時、働き盛りと言われる世代の私には、その粗末さに耐えるだけでも大変でした。

親神様の存在をしっかりと掴むチャンスを与えて下さった親心なのだと思います。

そんな、こんなの教会住み込みも、どうにか3ヵ月の勤めを終えさせて頂きました。これも不思議な事なのですが、家内の身上も住み込んでいる最中は「良くもならず悪くもならず」というような状態だったのですが、勤めを終えた頃から御守護頂くようになり、少しずつですが状態も良い方向へと向かって行ったのです。そして、医者からは「最低でも1年はかかるでしょう。」と言われていたにも拘わらず、気付けば、10ヶ月程で退院することが出来たのです。これは、きっと、御守護を信じ切れていなかった私に対する神様からのお試であり、そして、親神様の存在をしっかりと掴むチャンスを与えて下さった親心なのだと思います。

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