天理教愛昭分教会
Heart & Heart

Heart & Heart
-Vol.024-
R170/11/20

→頼 野 雅 廣
よりのまさひろ。
1957年生まれ。
芦津部属
南國分教会五代会長。

道をあゆめば (8)

私にとっては「はい、そうですか。」と、即答できるわけがありません。

大教会長様から頂いた話は、本当に思いもよらない展開でした。異様に緊迫した空気の中、信者一同の前で大教会長様は、「前会長、芳村先生からの遺言がある。」と、仰ったのです。そして、続いて仰った言葉は、なんと、私の名前だったのです。つまり、前会長は後継者として私の名前を挙げていたのです。

他人事と思い、興味も無かった私にとっては、正に“寝耳に水”の話です。とにかく、私にとっては“びっくり”の一言です。

しかし、名前が出た以上、今更他人事等と言ってはいられません。その後、信者一同により後継者についての話し合いが行われ、一同からの賛同を得たものの、私にとっては「はい、そうですか。」と、即答できるわけがありません。とにかく考える時間が欲しかった私は、とりあえず、「芳村先生の50日祭が終わるまで結論は待って欲しい。」と、お願いし、その場を治める事にしたのです。

この御恩に報いる時は今なのかもしれない。

それから毎日々々、その問題に関して考えない日は有りませんでした。悩みに悩んでも、先の事を考えると結論が出ないのです。いや、今、振り返れば、我が身思案が結論を出す邪魔をしていたのだと思います。結局、何の結論も出ないまま時間だけが過ぎていきました。

そんな中、翌々日は、いよいよ期限である50日祭を迎えるという日のこと。私はおつとめをつとめさせて頂きながら、ふと、こういう思いが浮かんできたのです。

「私は、無い命を救けて頂いてからの42年間、これといった病気もせず、元気で通らせて頂いた。この御恩に報いる時は今なのかもしれない。」

そう思った瞬間、私の中で何かがすっと腹に治まったのです。決断は早いほうが良い。そう考えた私は、翌日には、早速職場に退職願を提出しました。そして、50日祭には、五代会長としてつとめさせて頂く決心を信者の皆さんの前で伝えさせて頂いたのです。

しかし、退職願を出したからといって、直ぐに身が引けるわけでもなく、同僚からは引き止めの声を掛けられながらも、明くる年の1月10日付で、無事退職することが出来たのです。

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