

しかし、元々が「我が身可愛い」の心が強い人間です。まさに“神業”としか例えようのない御守護をお見せ頂きながらも、相も変わらず、その後も悩み、そして不満の心を持った日々が続きました。このままでは、「自分がダメになる。どうにかして自分を変えたい。」と思い、多くの先生方に話を聞かせて頂いたり、その通り方を参考にさせてもらったり、と、自分なりに出来る事、良いと思ったことは、率先して真似をさせて頂きました。
その中の一つが、上級教会への日参でした。有難い事に、上級教会は車で走れば5分とかからない場所に有ります。しかし、それは只の日参ではありません。私は、必ず何かしらの「お土産」を携えて足を運ばせて頂く…という日参を心定めしたのです。…とは言うものの、そうそう親神様・教祖にお喜び頂ける様な「お土産」を運ぶ事が出来るはずなど有りません。それが、毎日となれば尚更の事です。勿論、不思議をお見せ頂いた事も有りますが、「日参」という点を思案させて頂き、まず、1年目は、日々1000円のお供えを必ず「お土産」として運ばせて頂きました。2年目は2000円。3年目は3000円…と、毎年、毎年、1000円づつ増やして運ばせて頂きました。
日参を始めた1年目。最初の頃は自分自身が心を定めたという勢いが有りますから、勇みに勇んで運んでいました。ところが、3ヶ月も過ぎる頃になると、段々と癖・性分が顔を覗かし始め、「今日は疲れているから、どうしようかな?」「今日は、ちょっと時間が出来そうに無いから、止めてしまおうか…。」と、いつもの、「我が身可愛い」の心との戦いが続く毎日が始まったのです。
その、戦いが始まってから既に10年の月日が流れました。
最初の頃は、とにかく何かを掴みたいがために、先生方から聞かせて頂いた話の真似事として、意義すら分からずに始めた日参。ところが、上級教会への日参を始めてから、教会内で思いもかけない御守護を頂くなど、次々と不思議をお見せ頂くようになって来たのです。
「日参は、親神様との道をつくる。」と、聞かせて頂いてはいましたが、「本当に、そうなんだ!」と、私自身が行動に移したことによって、本当に実感する事が出来たのです。