

「日参は親神様との道をつくる」事を実感した私は、それからというもの、今までの事が嘘だったかのように勇み心が湧いてきて、教会の前の道路の清掃ひのきしん、リーフレットの配布、と、毎日楽しく、そして喜びの中で御用をさせて頂く事が出来るようになりました。
その積み重ねの結果なのでしょうか。気付くと、いつの間にか教会の中の雰囲気が段々と変わってきたのです。少なくとも私にはそう感じられました。
教会に関わる誰もが認める、本当に神一条、道一条で通られた前会長様。それに比べて降って湧いてきたような、どこの馬の骨とも知れないような私。当然の如く、いつも比較されていました。そして、そのことに悩み苦しんでいました。でも、気付くと、その事があまり気にならなくなってきたのです。もしかすると、教会の雰囲気がそうさせてくれたのかもしれません。そして、「会長さん!」と、呼んでくれる信者さん方の言葉に親しみさえ感じることが出来るようになったのです。
自分の心が変われば、人の心も変えられるんだ。…ということを、「日参は親神様との道をつくる」事を感じると共に、改めて教えて頂きました。信者さん方には、「人は鏡。自分を変えていかなければ、何も変わらないよ。」と、言っていた当の本人である私自身が、ふと、振り返ると、その事に5年もの歳月を費やしていたのです。恥ずかしいやら、申し訳ないやら…。まさに、穴があったら入りたい心境です。
しかし、その後は何をするにしても楽しい気持ちになり、「お泊り会」や「こどもおぢばがえり」など、少年会活動に力を入れるようになりました。そして、教区活動や支部活動など、地域の御用にも勇んでつとめる事が出来るようになったのです。本当に有り難い事だと思います。
会長に就任したその年は、教祖110年祭の年。就任後間もなく、登殿参拝もさせて頂きました。しかし、その時、「有り難いなぁ。」と、思っただけで、何をすることもなく過ごしてしまいました。今にして思えば「後悔」の一言です。
ですから、私にとって、実質、最初にむかえさせて頂いた年祭は「教祖120年祭」だと言っても過言ではないでしょう。
年祭にむけての三年千日活動では、リーフレットの配布、教会周辺の清掃ひのきしん等、自分が行っていた事を、教会をあげて活動させて頂きました。特に、大教会より提唱された「三年千日・30万人おぢばがえり」には、猫も杓子も…という訳ではありませんが、信者さん方の頑張りのお陰で、延べ1,000名を超える「おぢばがえり」を、3年間で達成したのです。そして、「何からでも、出来ることは勇んでつとめさせて頂こう。」と、信者さん方始め、教会が一つになってむかえた年祭、それが、教祖120年祭でした。
今現在、次なる塚、教祖130年祭へ向かって私達が新しく始めた事。それは、支部管内の青年さん等、数は少ないですが、「何かをしなければ!」と、同じ思いにある有志が集まり、「神名流し」を毎月させて頂いております。有志による活動…ですから、私が始めた事…では無く、あえて、私達が始めた事…なのです。たかが「神名流し」、されど「神名流し」。見ている人は、しっかりと見ているものです。そして、これも一つの種として、これからも教祖130年祭にむかって、世界救けに邁進させて頂こうと頑張っております。
最後に、筆不精の私に、一年もの間お付き合い下さり有難うございました。