天理教愛昭分教会
Heart & Heart

Heart & Heart
-Vol.029-
R171/04/20

天理教とインターネットと私 (1)

紙面のスペース調整のため、気が向いたときにこの記事を書こうと思う。それと、タイトルは気にしないで欲しい。適当なので…。

私が始めてインターネットなるものを体験したのは、もう、かれこれ10年以上も前のことである。そう、爆発的な人気を得ていたWindows98が全盛期の頃だったと記憶している。確か、その頃は、ダイヤルアップ接続が主流で、時間を気にしながら検索していたユーザーも少なくないはずだ。午後11時から繋ぎ放題の「テレホーダイ」なるプランをNTTが用意し、加入していたユーザーも沢山いた。そのせいか、時計の短い針が11の数字を指すと同時に、極端に重たくなって、ページによっては表示されるまでに数分の時間を要したり、酷い時にはブラウザが固まったり…なんて事も…。

当然、その頃からメールのやり取りもしていた訳だが、現在のように携帯電話で気軽に…という時代ではない。オフラインでメールを作成し、添付するファイルも圧縮するのは当たり前で、如何に軽くして相手に負担をかけないように…と、光回線やADSLが主流となっている今では考えられないような作業である。

よって、「メール」というものは、「急がない用事」なのだ。今のように、メーラーを起動したまま定期的に受信していたユーザーは私の周りには居なかった為、相手がインターネットに繋がない限り伝わらないのだ。今にしてみれば呑気な話であるが、当時はそれが当たり前だったのだ。…と、思う。

そこで、最近ギャップが生じ始めた。携帯電話の機能向上も拍車をかけ、最近の「メール」は、「チャット」のような感覚で利用されているような気がする。…と、ここでスペースがなくなってしまった。続きは、いつの日か…。

→ lol
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