天理教愛昭分教会
Heart & Heart

Heart & Heart
-Vol.031-
R171/06/20

天理教とインターネットと私 (2)

前回、最近の「メール」は、「チャット」のような感覚で利用されているような気がする。…と、ここまで述べたと思うが、まずは、ご存知でない方のために「チャット」について述べたいと思う。

「チャット」という言葉を大手検索サイト「Yahoo! Japan」の「IT用語辞典」で調べてみると、

「コンピュータネットワークを通じてリアルタイムに文字ベースの会話を行なうシステム。ある程度まとまった内容を非同期にやり取りするメールや電子掲示板などとは異なり、実際の会話のように短い文章をリアルタイムにやり取りしてコミュニケーションを行なうシステムやサービスをチャットと言う。

と、記されている。

つまり、インターネットに繋がっているパソコンで、同じ「チャット」というシステムにアクセスした者同士が、入力した文字が直ぐに画面上に反映されるシステムを利用して、電話のようにリアルタイムに文字で会話をするのである。ただ、電話と大きく異なる点としては、1対1のみならず、複数でのコミュニケーションが可能である事で、5,6人でのチャットも珍しい事では無い。慣れるまでは大変かもしれないが、入力した文字には誰の発言であるかが分かる様に名前も表示されるので、慣れてしまえば混乱することも殆ど無い。おまけに、インターネット経由なので、常時接続が主流となった現在、電話代を気にしながら会話をする必要も無く、1時間でも、3時間でも、その気になれば話せるのである。

さて、話を戻すが、…と、なると、「メール」が「チャット」のような感覚…という意味合いも分かって頂けると思う。そう、「メール」でありながら「チャット」のような感覚で会話をし、受信したら「直ぐに返信をしなければならない」というような、私にしてみれば、誠に変な風潮が、携帯電話の普及により根付きはじめているような気がするのだ。

私にとって「メール」での連絡は、前回も述べたように、あくまでも「急がない用事」であるから、自分が送信したものは勿論、受信したものであっても価値観は全く変わらないのだ。特に、「メール」は「文字」だけでしか表現できない分、書き方によっては意図に反した受け取り方をされてしまうことも多々あるため、内容によっても異なるが、出来るだけ一旦間を空けてから返信するように私はしている。その間が、1分の時もあれば、2,3日の時もあるのだが、これは、間を空けることによって、伝えたい意図に相応しい表現がよく見つかるのだ。…おや?…つづく…かな?

→ lol
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