

退職後、家の売却などを始め、細々とした整理を済ませて、1月15日には教会へ入らせて頂きました。しかし、会長としてつとめさせて頂く決意はしたものの、私は検定講習を、まだ、受講していなかったので、ドタバタと前期・後期と受講を済ませて、ホッとしたのも束の間、直ぐに教会長任命講習まで受講し、その勢いのまま、5月5日に五代会長就任奉告祭をつとめさせて頂きました。
講習はまだしも、右も左も分からない私のような者が、奉告祭という行事を何とか無事につとめ終えられたなぁ…というのが、今の実感です(笑)。
さて、奉告祭はつとめ終えたものの、やはり「教会」というものが良く理解できていないままだったので、本当に手探りの状態で会長としての職をつとめておりました。しかし、前会長に仕込まれ、育った信者さん達にとっては、見るからに頼りの無い会長だったと思いますし、更に言えば、今まで同じ立場であった者が、ある日、突然会長になったわけですから、余計に、そう感じていた事と思います。もしかしたら、この事は、私の思い過ごしかもしれませんが、私自身は、その件も含めて会長という職に居る事が兎に角辛かったのです。「辞めたい。」と、思うことが何度も有りました。酷いときには「神様なんて居ない。」とまで思いました。もう、毎日々々が辛くて仕方が無かったのです。
そんな中、会長に就任してから間もなく1年を迎えようとする明くる年の4月、私は教祖御誕生祭に参拝させて頂くために帰参していました。そこには、私が会長になって初めて御守護頂いた修養科生が修養して下さっていました。そこへ、その修養科生の友人が救いを求めておぢばに帰ってきたのです。お道のことを全く知らないその子は、脳腫瘍で視力を失いかけており、藁をも掴む思いで、その修養科生である友人を追いかけるようにおぢばに来たのです。
私は「これはおさづけしかない。」と思い、まず、詰所でおさづけを取り次がせて頂き、終えるとそのまま本部にお礼に行かせて頂き、そして、その神殿でもおさづけを取り次がせて頂く。これを繰り返し繰り返し3日間つとめさせて頂きました。すると、不思議な事に、2日目には左目に光が射し、そして、3日目には完全に物が見えるまでに御守護を頂いたのです。
私は、とにかく嬉しかった。御守護頂き、喜ぶ姿を見るのが嬉しかった。そして、この御守護を目の当たりにして、私自身が神様を見ることが出来た事が、どうしようもなく嬉しかったのです。
人をたすけて、我が身たすかる。
まさに、この事だと身に感じました。そして、今まで、我が身思案で、会長を辞めたい、嫌だ、と思っていた自分を恥じたのです。