

昭和30年に“親会長さん(花井義雄二代会長)”の肝いりで、後久みつる先生が係員で始まった鼓笛隊(後久先生は今でも十分綺麗な方ですが、当時は絶世の美女でした。写真アリ)。
当時の隊員の顔ぶれは、鹿谷直ちゃん、大内康ちゃん、千里さん、あゆみちゃん、鈴木順二さん、河邊勝己さんの豪華メンバーでした。
それから40年の月日がアッという間に流れて、平成6年11月27日、記念すべき“40年の集い”が愛昭分教会の食堂で盛大に開催されました。後かたづけが全て終わり、スタッフ数人の方と愛昭の会長さん(当時の花井君子4代会長)に報告とお礼に上がりました。その時に会長さんは次のように言われました。「今日は素晴らしい集いになって本当に良かったネ。“50周年”は私が生きているうちに、ぜひして下さいネ!?」(日本語として正か否かはともかく、それほど喜んで頂いた)。
それからアッという間に10年の歳月が流れて、今日こうして50年の集いを迎えることが出来ました。
OBの皆様、今日は懐かしい子どもの頃、また胸がキュンとときめいた青春時代にタイムスリップして、ゆっくりとお過ごし下さい。
最後にお願いです。現在子育て中の方、これから子づくり、孫づくりに励む方、6歳になったら愛昭鼓笛クラブへ!少子化の波の中で生き残りに必死です。次は60周年です。
鼓笛クラブ50周年おめでとうございます。こんにちは、阿部幸子です。昔は「阿部君の奥さ〜ん?」と言われていましたが、今じゃ肯平(高2)、大亮(中3)、亮太(小6)の母ちゃんです。私がTOYBOXの一員として愛昭に通い始めてはや25年。早いもので、その年月は私の3C(シミ、シワ、白髪)が物語っています。そして鼓笛も50年。係員さんの指導には50年のバトンタッチの歴史を感じます。そのおかげで、うちの息子たちもひとつずつ成長してくれています。感謝。
私は鼓笛に行くたびごとに「あんたたちもやがてはひろし君(大原氏)や鉄ちゃん(大久保氏)、ゴンちゃん(後藤氏)のように指導者として、小さい子たちのお世話をさせて頂く係員になるんだよ。だから、指導の仕方もよく見て覚えて、係員になったときにはそれを活かしてお世話をするんだよ」と言い聞かせてきました。そして時には「小さい子のお世話をすることは、いずれ親になったときに、子育てをする中で大いに役立つんだよ」と。
鼓笛クラブで学ぶことは無限です。できるまでの練習の辛さ、人と合わせることの難しさ、そして、困ったときに手をさしのべてくれる仲間ができ、一手一つとなって大きな舞台で発表するときの心地よい緊張感。成し遂げたときの達成感。そしてその喜びを仲間と分かち合えること。そのすべてが次世代を担う子どもたちにとって、知らず知らずのうちに重要な体験をさせて頂いているんじゃないかなと思います。
我が子が鼓笛クラブに入っていて良かったなぁと思うことが、今までにいくつかありました。肯平が中2のとき、大治中のキャンプでのことでした。(以下は当時の担任の学級通信からの抜粋です。)
「キャンプファイヤーでゲームのお兄さんをするはずだった生徒会長A君が、役の多さに発熱し、急きょ阿部君が代役として登場。白い手袋で手が交差したときにみんなに拍手をさせるというゲームで、時にはみんなをすかしたり、拍手で盛り上げるという単純ながら、なかなか臨機応変の判断が必要なゲームでした。私は驚愕した。その日のうちに役割を与えられ、立派にやってしまう彼は、まさしく怪物といってもよい才能の持ち主である」と。
とても大げさな担任のコメントですが、たぶん、鼓笛クラブでの様々な経験をしていなかったら、これほど先生がほめてくれる出来ではなかったと思います。きっと、合宿やお楽しみ会のレクでの係員さんの様子を覚えていたんでしょうね。
そしてもう一つ、この愛昭鼓笛通信のvol.11に載っていた「明日に生きる(阪神大震災・語りかける目 警察官の手記より)」を帰宅途中の車内で読んでいた大亮が、読み終えて一言、「涙出ん?この話。かわいそうだなぁ」と。優しい気持ちが着実に育まれていってるなと、私は本当にうれしく思いました。
「鼓笛クラブよありがとう」そして、今後も親子共々、鼓笛を通して成長していきたいと思います。
あと5,6年たったら、自分たちが鼓笛隊を作っていく大変重要なスタッフになると思うと、今のうちに先輩方から学べるところはすべて教わるつもりで、がんばっていきたいと思います。
今度の鼓笛50周年の集いでは、いろんなOB先輩方から、昔の鼓笛隊の様子、練習内容、子供とのコミュニケーションの仕方など、たくさんの話を聞かせてもらって、今の鼓笛にとってプラスにしていきたいと思っています。
私は小学2年生から鼓笛を始めました。そのころの私は、まだ『鼓笛』というものをよく知らなかったので、「天理教だから鼓笛に入隊するんだ」と思っていました。私は人見知りが激しくて、人と話すのが苦手だったので、鼓笛に行くのがいやでした。でもそんな鼓笛には、他に用事の無いときはほとんど来ていたと思います。それは両親が熱心に教会へ足を運んでくれたからで、一生懸命鼓笛に連れて来てくれたことに、今はすごく感謝しています。
私は、この原稿(鼓笛通信)を書くのに、何を書けばいいのかわかりませんでした。私の中での『鼓笛』って何なのか?って思いました。『鼓笛』は私に、一つになること、年齢の違う相手を理解すること、学校では絶対に学べないことをたくさん教えてくれました。『鼓笛』が私の中でどんなものになっていくのか、これからも活動を通して実感していきたいです。
50年という長い間、愛昭鼓笛隊を築いて来てくださったみなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。これからもずっとずっと愛昭鼓笛隊を通して、それぞれ違う幸せな気持ちを感じる人が増えていったらいいなぁと思います。
最後になりますが、鼓笛50周年おめでとうございます☆