

1月23日、私は2回目の出動をした。
任務は長田署管内の救助活動・遺体捜索。そして、村野工業高校体育館における遺体管理と検視業務の補助であった。仮の遺体安置所になった体育館は、たくさんの遺体と、それに付きそう遺族であふれていた。
そんな中で、一人の少女に、私の目はくぎづけになった。その少女は、ひざの前に置いた、焼け焦げた「ナベ」にじっと見入っていた。泣くでもなく、哀しむでもなく、身動きもせず、ただじっと見入っていた。
私は、その少女に引かれるように近寄っていった。「ナベ」の中は、小さな遺骨が置かれていた。
「どうしたの。」
思わず問いかけた私の一言が、その少女を泣かせてしまった。どっとあふれだした涙をぬぐおうともせず、懸命に私の目を見つめ、とぎれとぎれに語り続けた。「ナベ」の中は、少女が拾い集めた母の遺骨であるという。
その夜(1月16日)も少女は母に抱かれるように、1階の居間で眠っていた。何が起こったかも分からないまま、気がついたときには母とともに壊れた家の下敷きになって、身動きもできない状態になっていた。それでも、少女は少しずつ体をずらし、何時間もかけて脱出できた。家の前に立って、何がなんだかわからないまま、どの家も倒れているのを見た。多くの人が、何かを叫びながら走り回っているのを見た。
しばらくして、母が家の中に取り残されていることに気がついた。
「お母さんを助けて。」
「助けてお願い。」
と、走り回っている大人たちに片っ端からしがみつき、声を限りに叫び続けた。だれにもその叫び声は聞こえなかった。声は届かなかった。迫ってくる火事に、母を助けられるのは自分しかないと、哀しい決断を強いられた。
母を呼び続け、懸命に家具を押しのけ、がれきを放り投げ、一歩一歩母に近づいていった。やっとの思いで、母の手を捜し当てた。姿は見えなかった。母の手を見つけたとたん、その手を握り締めた。そのとき、少女の手は血まみれになっていることに気がついた。
「おかあさん、おかあさん。」
「おかあさん。」
手を握り締め、泣きながら叫び続けるだけであった。
火事は間近に迫っていた。火事の音が聞こえ、熱くなってきた。母は懸命に語りかけたが、かぼそい声で少女には聞こえなかった。
「おかあさん、おかあさん。」
と、叫び続ける少女に、名前を呼ぶ母の声がようやく聞こえた。
「ありがとう。もう逃げなさい。」
と、母は握っていた手を放した。
熱かった。怖かった。夢中で逃げた。すぐに、母を抱え込んだまま、わが家が燃え出した。立ち尽くし、燃え盛るわが家をいつまでも見続けた。声も出なかった。涙も出なかった。
翌日、何をしたか、どこにいたか、覚えていない。
翌々日、少女は一人で母を探し求めた。そして見つけだした。
少女は、いま一人で、見つけだした母を「ナベ」に入れ、守り続けている。
語り続ける少女の目から、いつのまにか涙が消えていた。ただ聞くだけの私は、声も出ず涙があふれ続けた。母と二人、この少女がどんな生活をしていたのか、私は知らない。ひとりになったこの少女に、どんな生活が待っているのか、私にはわからない。
「この少女に神の加護がありますように。」生まれて初めて「神」に祈った。この少女に、なぐさめの言葉も、激励の言葉も何も言えなかった。何度も何度もうなずくだけで、少女の前を逃げた。
少女は、最後まで私の目を見続け、語り、そして語り終えた。その目は、もっと多くのことを私に語りかけ、今も語り続けている。
目は生きていた。
哀しいと思った。
美しいと思った。
強いと思った。
少女の名前を聞くのさえ忘れていた。
「ねぇ!どうして金賞取れないんだろうね?」
何年か前に娘に聞かれました。私は、「あなた達が中学生になった頃にきっと取れるよ!今は準備期間、がんばれ!!」と答えました。その答えに、少々不満気で納得のいかない様子。“まだがんばるのか…今、金賞じゃなきゃ意味がない!!”って感じでした。
7月の練習日の帰り、
「今年は金賞取れるかな?演奏も上手だし、行進も大丈夫でしょ?」
と聞くと、
「まあまあかな…」の返事。
「でもね、金賞がいただけれる隊は、大きい子が小さい子をいたわって、小さい子は大きい子を慕って、ファイフの子は特殊楽器の子を、特殊の子は、ファイフの子をと、お互い間違いを責めたり、けなしたりしない、思いやりのある子たちの隊だけよ。あなた達は、大きいのだから、できることは当たり前で、小さい子たちはできないことがたくさんあるんだよ。それを優しく教えてあげられる?」
二人の娘は、少し黙っていましたが、
「私、あの子好き!だって、かわいいもん。みんなだって、小さい子たちのこと大好きだよ」
そうそう、それでいいのよ。同じ目標に向かって、お互いに思いやって、くやし涙もうれし涙も、いっぱい流しなさい。そして、一生の友だちを見つけなさい。鼓笛ってそういう場所だよ。
私もかつて鼓笛時代に思ったように、娘たちも少しずつ、金賞を取るだけの鼓笛ではないことに気づいていると思い、嬉しかった。
『おめでとう!3年連続金賞』
あなた達が、今の気持ちを忘れずに育てていけば、これからもずっと「金賞」というご褒美はいただけるはず。
今年のこどもおぢばがえりも、いろいろな感動を一人ひとりがもらって終わりました。
帰りの近鉄電車の中では、早くも来年はこんな曲が演奏したいとか、あんな事がやりたいと、次のこどもおぢばがえりに向かって、話がはずみました。
先日、オリンピックの女子レスリングをテレビで見ていました。惜しくも銅メダルに終わった浜口京子選手のお父さんが、試合終了後のインタビューで「次は北京だ!」と叫んでいましたが、その様子を見ていて、“あー、うちの鼓笛と同じだなぁ”とスケールこそ違え、馳せる思いは同じだと思いました。
トップクラスの選手たちは、終わった瞬間に次の頂点に目標を切り替えて進んでいくのでしょう。
現在、来年のオンパレードの曲目を選考中です。